ジャピはニュージーランドの出身である。
ニュージーランドは鳥の楽園と言われるほど鳥の種類が多い。
日常生活の中で数多くの鳥に出くわす。
そんな国で育ったからか、ジャピは鳥が大好きだ。
鳥に限らず、害獣を除く、動物全般が好きな心優しい青年なのだ。
そんなジャピが「一石二鳥」という四字熟語を知ってしまったら、嘆きに嘆くのは自明の理である。
「一つの石で二羽の鳥を仕留めるなんて!かわいそう!」
私としては「合理的じゃん?」と思ってしまうのが、心を失いつつある現代人みを感じる。
ジャピは少し考えて、「『1パン二鳥』はどう?」と聞いてきた。
確かに、平和的な解決策である。
鳥を二羽得られるのならば石でもパンでもいいのだから。
「わかった、じゃあ今後はそれを使うね。」
その後、何回かこの新しい四字熟語を使う機会があったのだが
「そうだね、一石に… あっ1パン!
1パン二鳥ね」
「いっせ…あー違う1パンだわ」
「いっせ……………ぱん、1パン二鳥ね」
シンプルに、慣れない。
こちとら人生の半分以上を一石二鳥とともに歩んできたのだから、一朝一夕で切り替われる訳がない。
しかも厄介なことに、一般の方との会話では一石二鳥を使うので、せっかく1パン二鳥に慣れてきても、脳がまたリセットされてしまうのだ。
私は安請け合いしたことを後悔した。
1パン二鳥との未来が描けない。
そもそも、変換点が前半二語内にあるのが大変よろしくない。
後半二語であれば、少なくとも1拍は余裕ができるので考える時間が生じる。
しかしながら、前半の「いっ」の間に次のムーブを決めなければいけないとなると、私のゆっくりめな脳神経の伝達を考えるといささか厳しい。
「っ」に来る頃には次の音の口の準備をしなければいけないため、実質的には「い」の一瞬で「せ」か「ぱ」を判別しなければいけないのである。野球じゃないんだから。
その後もしばらく1パン二鳥を口にしたが、1発で言い切ることはできなかった。
すまない、ジャピよ。
私の頭の回転が遅いために、今後も鳥に石を投げ続けることになりそうだ。