ある晴れた日のことだった。
私は一人で図書館だか買い物だかに行く用事があった。
トントトンと小気味良いリズムで階段を降り、玄関へと向かう。
「いってきまーす!」
いざ、外へ出ようとドアの取っ手を握った瞬間、ふと、額縁に入った大きめの写真が目に入った。
メガネを掛けた東洋系の男性が、ピアノを弾いている写真だ。
「この人だれ!?」
見当もつかない。
インスタントカメラで撮ったのか、親戚が集まった時に撮りました!とでも言わんばかりの1990年代のノスタルジックな空気を感じる。
パッと見た感じ日本人のようなので私の親戚っぽいが、そうだとしたらなぜうちの玄関に飾られているのだ。
(どうして私の親戚らしきおじさんの写真が額縁に入れられて玄関に大事に飾られているの?)
自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。
早速ジャピを呼びつけて疑問をぶつけてみる。
「ジャピ!あの写真知ってる?」
ジャピは一瞬キョトンとした顔をした。
私が指差す写真をじっと見る。
これで知らないと言われたら、いよいよホラーである。
数瞬後、ジャピが「ああ!」と笑顔になる。
「コウジコンドウね!」
・・・コウジ・・・・コンドウ・・・
あーなるほど・・・コウジコンドウ・・・
いや、だれーーーーーーーーっ!?
依然として、だれーーーーーーーーっ!?
親指グッじゃないよ!誰だよ!
ジャピの説明によると、近藤浩治さんは任天堂のゲーム音楽作曲家で、かの有名なスーパーマリオブラザーズや、ゼルダの伝説の楽曲を作ったという、とってもすごい人らしい。
ジャピは音楽作りに情熱を抱いているので、敬愛する近藤浩治さんに少しでも近づけるようにと、自分を鼓舞するために写真を飾ったらしい。
ニュージーランドでは非常に有名なため、日本でも誰でも知ってると思っていたそうだ。
私は音楽関係に疎いので、失礼ながら全く存じ上げなかった。
百歩譲って、野球少年が大谷翔平の写真を飾るようなものだとしよう。
それは理解できる。
だとしても、だ
玄関に飾るかね?
大谷翔平の写真だって玄関に飾る人はそうそういないんじゃないかね?
自分のデスクの周りに飾りなさいよ、鼓舞するためだとしたら。
写真のチョイスも(ネットから拾ってきたらしいが)インスタントカメラで撮ったような庶民的な写真がゆえに、やけにリアリティがある。
その結果、私の親戚感が十二分に演出されてしまっているのだ。
近藤さんだって、まさか一般家庭の玄関に飾られているとは夢にも思ってないだろう。
それはそれとして、私としては謎が解けてスッキリとしたし、強く否定する気も無かったので、そのまま置いておくことにした。
しかしその後、家を訪れる客人たちから
「親戚の人?」
「あ、お父さん?」
「もしかして…大家さん?」
など、戸惑いと疑念を含んだ声を聞くようになってしまった。
ジャピの敬愛する音楽家で…なんて毎回一から説明するのも面倒くさいので、今やもう、近藤さんの写真を覆い隠すように他のフォトアルバムを置いてしまっている。
もはやあまり意味がないような気がするが、やっぱり玄関に近藤さん(静止画)がいてくれることで、多少の安心感が生まれるのは事実である。
近藤さん、いつもうちの玄関を守ってくれてありがとうございます。
我らが近藤さんに幸あれ。